利用者の立場から・・・
大政奉還から150年という女将の話から始まる浅田の歴史

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加賀料理の料亭として赤坂・青山でも定評のある浅田は、名古屋でもすでに13年の歴史を刻みました。タワーズ・ゲートタワーの中でも浅田のエリアはまるで結界をはったような異空間、とくに入って左側の料亭部分は品格が違う。私もいつものアロハ姿では訪店できません。(笑)
素足NG&強い香りの香水等NGですので、浅田でのおもてなしに招かれたら、女性の方はこの点をファッションコーディネイトのポイントとして、押さえておくべきです。

加賀の地はそのロケーションから大陸からの文物の玄関的役割を担い、米どころ、日本アルプスの峰々から流れる銘水、日本海の海産物、北前船の時代から全国の物品が集積される地であり、地方でありながら京都や江戸との文化的な関わり合いが強いという特別なポジションを占めています。また、加賀100万石の前田家は江戸時代には外様大名として微妙な立場にあったため、武よりも文化に力を注いだとも言われ、食文化も大きく花開いた、それが加賀料理といえるかと思います。

浅田はその加賀藩で金沢・江戸間を結ぶ御用飛脚を業としていたわけですが、大政奉還の行われた150年前に、飛脚の時代の終焉を見極めて、(飛脚としての経験を活かして)旅館業に転身、旅館で培った料理のノウハウを活かして料亭へと・・・浅田のコンセプトは「伝統からの創造」を掲げており、大きな時の流れの中でそのコンセプトを具現化させていると言えるでしょう。

加賀藩と言えば、前田家、前田家の始祖である利家公は名古屋出身で名古屋と金沢はとても縁の深い地なのです。まあ、それを言い出すと、大阪(秀吉公)も江戸(家康公)も名古屋出身ですが・・・(笑)

加賀料理は、その成立の経緯から、加賀の食材とは切っても切れないかかわりがあり、浅田の物を運ぶDNAとローカルに飽き足らない魂が、赤坂・青山・名古屋の地での料亭経営につながっていると言えます。

浅田の場合は、レビューが非常に少ないです。私自身もこの13年間で20回以上は利用していますけれど、料亭部分の写真掲載とレビューは初めてです。たいていの場合は、その状況が写真を撮れるような雰囲気でないので、写真撮影そのものをしておらず、写真のないレビューもいまひとつパッとしないので、投稿の機会がありませんでした。
今回は、ゲストが管理栄養士で料理研究家、食べ歩きが趣味とのことで、料理撮影用のデジタル一眼を持ち歩いているという方でしたので、写真撮影でも盛り上がりました。(個室ですからほかのお客様には迷惑になりません)
浅田の料亭部分でのお食事を写真付きでレビューすることは、なかなかできないので、ちょっと長めのレビューをさせていただきました。

今回、いただいたのは「鮎尽くし」です。
積雪たっぷりの日本アルプスの雪が溶けて清流になり、したたる緑と清冽な雪解け水が香り豊かな富山県庄川で育った鮎、契約の漁師さんもどこで獲れるかを教えてくれないという鮎・・・・との女将の弁でした。サイズの揃った小ぶり鮎の繊細な味をとことん堪能できます。
■前菜
鮎姿寿司 杭牛蒡 茗荷酢取り 鮎一夜干し
赤皮南瓜 蓮根 つる豆
■お椀
鮎こく 笹牛蒡 茄子 蓼庵
■向付
鮎洗い 鮎背越し 烏賊と鮎真子うるか和え 大梅貝
■中皿
鮎唐揚 山独活 蓼の葉 白板昆布揚 能登揚浜塩
■焼物
富山県庄川産 活鮎塩焼 焜炉焼 赤芋茎 蓼酢
■煮物
治部煮 合鴨 簾麸 小松菜 石川芋 粟麩 山葵
■お食事
土鍋炊き鮎御飯
■水菓子
無花果 葡萄 能登づくしあんみつ


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赤いちゃんちゃんこ

Author:赤いちゃんちゃんこ
食べログをはじめとするグルメ系口コミサイト&予約サイトを利用者の立場から分析してみました。=逆にいうと・・・飲食店経営者の方の参考になるはず(笑)

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